第3話『私の楽園』
朝の団欒が終わった後、先生が教室に入ってきてホームルームが始まった。
そして、出席確認を始める。
私のクラス担任は学園内で最もご年配で、魔法自体も教員の中でトップクラスで頭はつるピカ。名前は何だったけ?
どうもこの先生は苦手だ、私に対しての扱いがひどいからだ。
「ロイドくん、朝から寝てないで、顔を挙げなさい」
「寝ていませんよー、朝の日差しがまぶしくて目がくらんでいただけです」
寝ぼけた口調で返事をした彼は私の昔からの幼馴染、ロイド。
黒髪で黒縁メガネをかけており、ペットで白いフクロウを飼っている。
見た目は真面目そうに見えるが、学校では授業中にもかかわらず居眠りすることが多い。
考古学や歴史が専門で、魔法はどこから生まれたのかを探るために、数多くの文献を探っている。
私と引けを取らない本の虫であるが、お互いライバル心があるわけではない。
ちなみに私の席は窓側最後部である。それに対して彼の席は廊下側最後部だ。
「アルスくん、アルスくんはいるかねー」
私の名前が呼ばれた。
「うむ、今日はアルスくんは欠席かのぅ」
「いるのじゃ!ここなのじゃ!」
手を挙げ存在をアピールする。
小さくなる前は、何とか先生には見えていたのだが、この体になってしまって、完全に前の人の体で隠れてしまったのだ。
「うむ、ずいぶん小さくなったのぅ」
前の席の人、名前は知らないが、その姿はジャイアントゴーレムにふさわしく。私はジャレムと勝手に名付けている。
ジャレムくんがいるお蔭で、私は先生の監視の目を遮断して本を読むことができたのだ。
科目によって担当の先生は変わるのだが、一番前の席では隠れて本を読むことができない。
私は実技魔法の授業以外はあまり関心が持てていない。
学園の授業では実技魔法以外のことも勉強する。
世界地理、魔法史、法典などの社会系、槍術、剣術、護身術などの武術。
また芸術系の授業もあり、自分たちで魔法道具を作れるようにカリキュラムに組み込まれている。
それでも社会系はなんとなく魔法に通づつものはあるし、芸術系は魔法に必要な道具を作るのに少しは役に立っているのでいいとしよう。
ただ、武術に関しては運動が苦手な私にとっては地獄そのものである。
魔法の授業以外で本を読むことは最高の至福であり、学園生活を満たしてくれるもの。
今の席は学園生活の最後の楽園と言っても過言ではなかろう。
が、先生の次の一言でこの楽園が崩れ去るのだった。
「隠れて見れないから、一番前にきなさい。」
まるで私の頭に矢が刺さったかのような衝撃が走った。
と同時に走馬燈が見えたが、なんとか我に返る。
先生の一言は、私だけのパラダイスが終焉を迎えることを告げていることに等しく、私はその発言を打破しなければならない。
このポジションにいられるかどうかは私にとっての死活問題であり、それ以外のなにものでもないからだ。
「先生大丈夫じゃ!この席が一番授業に集中できるのじゃ!」
打破すると言いつつも、ありきたりな言い訳しか思いつかない。
目を細くして私をにらむ先生。
「アルスくん、一番前に来れば君の大好きな魔法の話を間近で聞けるのじゃがのぅー、
それに君は未来の魔法文明をさらに繁栄させるであろうワシにとっての期待の星なのじゃよ、
だからもっと、力を付けてほしいのじゃよ」
「身に余る光栄なのじゃ、ただ、前の席だと先生の存在が余りにもまぶしくて目がくらんでしまうのじゃ」
先生の魔法自体は大変素晴らしいものであり、この学園に入学したもの先生の魔法に心惹かれたからである。
ただ、それよりも私は本を読むことを優先したいと思っているのだ。
そんなことを思っていると、一段と先生の強い視線を感じた。
それはまるで、真冬の凍った湖を裸足で歩いているような感じで、どうもに耐えられるものではない。
「わっ、分かったのじゃ先生!」
威圧に負けた瞬間だった!
今の席の最前列は、ロレッタが座っている席だ。
ロレッタは表情を変えずに席を立ち、私の楽園…もとい元私の席に向かってくる。
私も断腸の思いで席から立ち上がる。さらば私の楽園。
体が重い。心中の悲しみもそのまま重さになっているような感じだ。
移動している間、体の中から魂が抜けていく感じがした。いや、実際に抜けていった。
目からはハイライトが消えていった感じがし、絶望しかないと私のその姿は歩く屍と名にふさわしい。
ロイドの席とは対角線上になり物理的な距離も広がり、彼にとってはさぞかし喜ばしいことだろう。
だが、今の私のメンタルはどん底で、また一つこの体の不便さを感じてしまった瞬間であった。
元ロレッタの席にたどり付き、席に着いた。
「アルスくん、本を読むことはいいのじゃが、勉強もまじめにするのじゃぞ」
バレてた!
「は、はい…なのじゃ」
小さくなって、さらに先生が驚異的な存在となってしまった。
そんな私と先生とのやりとりを見て、クラスのみんなは軽く笑いだした。
前の席で姿は見えないが、ロレッタも笑っているような感じがした。
今日で私の学園生活は一変したのだった。